ちゃんと考えてる人もいるんだけど。

社会的要請って何だろ。

ちょっと前の新聞に、青山学院大学猪木武徳氏のコラムが掲載されてて、ああホントそうだよなあと思っちゃいました。
文部科学省は、国立大学に対して、教員養成や人文科学系の廃止・転換を通達してます。通達ってのはつまり要請で強制ね。なので教育学部は発達科学部になり、文学部の学科はひとまとめにされて人文学科だけになる。
猪木氏は、人文社会科学の軽視を憂えています。ディケンズを引用して、「事実」と「想像」の対置と「科学技術」と「人文・社会科学」のそれには重なる点がある、としています。産業界からの要望を大学が汲み取って教育の質をあげるのは大事だし、実際に成果も上がっています。だからといって科学技術ばっかりじゃバランスよくないです。

寂しいや。

確かに科学技術は日本が先進国として残っていくためには外せません。けど、技術一辺倒、現実と事実のみあれば事足りる、っていう教育では国は痩せます。人間性が衰えます。
かくいう畦道の大学受験は失敗したわけですが、そんな畦道が行こうとしていたのは教育学部、あるいは教育大学でした。二次試験が数学しかない大学を選んだわけですな。そんなことするから失敗するでやんす。八十年代初頭、バブル前夜はほんと景気悪くて、大学失敗して公務員になったら人事院勧告が凍結しました。あららー。
なので教育学部がなくなって、教育大学の補助金がどんどん切られていくっていうの、なんかひどいと思うし、やっぱ寂しいです。教育大学はもともと師範学校だったところが多くて、政府の中に師範学校出身の人が少ないからだろうと畦道は見てるわけですが、教育学部はともかく、文学部から哲学科も史学科も英文科もなくなるのは、なんかおかしいと思う。

ちゃんと勉強している。

畦道は高校は理系クラスでした。あ、クラスメートの名誉の為に言っときますが、同じクラスの友人はみんなちゃんと大学行って企業に就職してましたよ。ハケンでぷらぷらしてるのなんて畦道だけだ多分。やっぱ理系は強いな、って思いました。
でもね。畦道のクラスは理系なのに隣の国立組に数学で勝てないという有り様だったけれども、みんな勉強が好きだった。よく勉強した。みんな文系の科目も好きだった。日本史は国立組に勝ってたよ。
で思うのだが、理系のクラスでも文系の科目をちゃんと勉強している、あるいは好きでいる、っていうのが一番強い。畦道はちょいと楽器ができるので、友達にも楽器できたり曲作ったりできるのが多かったけど、そういう友達は成績もよかった。いろんなものに興味があって、しかも努力家なのさ。で、そういう友達はみんな性格もいいんだよ。性格いいから自然にルックスもよくなるわけね。最強ね。

実は音楽は理系。

電気やガソリンで動く仕組みを機械とすると、楽器は器械。人力で動くからくり、仕掛け。で、器械は物理の法則に従って動いてます。
たとえばギター。弦が太いと低い音が出ます。指で押さえて弦が短くなると音は高くなります。これはバイオリンやピアノでも同じ仕組み。管楽器は管の長さで音が変わります。ピッコロは小さくて短いので音が高い。チューバは大きくて管が長いので音が低い。
で、楽譜はプログラムみたいなもんです。音程はもちろんのこと、スピードも設定されてます。ここからはゆっくり、ここからは早く、音を切って、繋げて。楽譜は演奏者に命令するのです。
そういえば料理だって科学です。タンパク質は熱を加えると凝固するけど脂肪は解ける、だから肉に上手に熱を加えるとカロリーを下げられる、みたいな。
音楽=感性、料理=愛情、みたいな捕らえ方がよくされるけど、感性だけで作曲できるのはよほどの天才だし、愛情だけではお米は炊けません。

経済学も。

経済学部は数学できなくてもいい、とか思ってませんか。経済学は社会科学系の中でも一番数学が必要なんですよ。グラフ読めなくて経済読めませんよ。資料も作れませんよ。
プログラマーは国語なんてできなくていいとか思ってませんか。打合せなんて関係ない、って思ってませんか。どんな仕事でもそうだけど、実際に現場で力を発するのは説得力、言語力です。プログラムだってとどのつまり言語だしね。よいプログラムは文法的に美しい。
猪木氏も強調してますが、科学技術と人文学・社会科学のバランスの取れた教育と研究こそが重視されるべきで、このふたつが車の両輪となってこそ初めて日本は真の成熟を遂げうる、と。
国立大学に行こうかな、と思っている高校生のみなさん。人文・社会科学系はこれからどんどん削られます。特に、もともと理系が強くないのに文系を削っている大学は、理系の学部や大学院が水膨れになります。
都市部の国立大学に下宿して通って、アルバイトで疲れきってちゃんと勉強できないくらいなら、地元の市立や公立に家から通ってきっちり勉強したほうがいい。

大学で何を学んだか。

就職の面接で、「こういうアルバイトをしましたボランティアをしました」ではなく、「こういう授業を受けてこういうことを学んだので今後に生かしたい」っていう方がずっと説得力がある。
どの大学に行ったか、それである程度測られちゃうのはしょうがない。勉強できるやつはいっぱいいます。でも、その中で「自分はこういう勉強をしたいと思ってこの大学を選んで、この先生のこの講座を選びました」って言えることが、大学に通ったことの意味じゃないかと。
畦道のまわりだけだけど、自分のしたかった仕事に就けている友人はみんなそうです。その先生の授業を受けたくて行きました。その授業が面白かったので卒業した後も自分で勉強しました。予備校で古典の用言分類が面白かったので国文科に来ました。本が大好きなので国文科に来ました。
せっかく大学に通うのだもの、ちゃんと授業受けましょう。ちゃんと授業してくれる大学に行きましょう。そしてちゃんと単位取って、大学生活を意味のあるものにしましょうよ。