真夏の出来事再び。

夏になると。

相模原の事件の被害者の名前が公表されないことについて、いろんな意見がある。
遺族の気持ちも分からないではない。そっとしておいて欲しいと思う。ニュースで容疑者の顔が何度も大写しになるのも堪えられないと思う。
でも。バングラデシュでテロに巻き込まれた人の顔も名前も、私たちは見た。知った。これまでの業績も、これから成し遂げるであろう功績も、私たちは知ることができた。彼らが生きていたことを、同じ国の人であったことを、私たちは知ることができた。
そして、遺族がそれでもこの困難を乗り越えて途上国の人々の力になりたいと話すのを、見ることができた。
いずれも、これまで知らなかった顔、知らなかった名前だ。でも、それを知ることで、これから私たちがテロに対してどうあるべきか、考えることができた。
顔を知ったからといってどうなるものでもない。そうかも知れない。遺族が望まないなら、公表しないのも仕方のないこと。そうかも知れない。
けれど、彼らは生きていたのだ。それぞれの眠りについていたのだ。そして、外国のテロリストでなく、少し前までそこで働いていた同じ国の人に、命を奪われたのだ。
それを、私たちは痛みと共に知るべきではないのか。

名前があるということ。

畦道はハケンなので、名前がない。顔合わせの時には名前は伏せられて、経歴だけが派遣先に提示される。
それは経歴だけを考慮して公正に判断されるということではない。判断基準はちゃんと別にある。まず性別、そして年齢。学歴はあんまり関係ないと思うけど、残業できるかできないか、他の人とうまくやっていけそうか、遅刻したりいきなり消えたりしないか、
手癖が悪くはないか、うんぬん。
畦道は、個人としてみられない。いや、人間として見られていない。
人間関係とかは面倒くさいし、ハケンとして割り切ってくれればいいんだけど、足下がぶわぶわするような、嫌な気分の時もある。
名前があるということ。その人がそこにいて、他の人とは違うということ。名前が同じでも、違う人だということ。
そこに生きていて、そこに生きていたということ。

たぶん思い出す。

来年の夏もその次の夏も、きっと思い出す。名前も知らない19人のことを。
凶弾に倒れた人、津波に呑まれた人、人を助けようとして犠牲になった大勢の人たちと同じように、私たちは思い出す。
もう名前を思い出せない人、名前を知るすべのない人たちのことを、きっと思い出す。